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豊受大御神をお祭り申し上げる豊受大神宮は、内宮に対して外宮とも申し上げます。 雄略天皇は、夢の中で天照大御神のお教えをお受けになられ、豊受大御神を丹波の国から、内宮にほど近い山田の原にお迎えされました。今からおよそ1500年の昔のことです。 豊受大御神は御饌都神とも呼ばれ、御饌、つまり神々にたてまつる食物をつかさどられています。このことから衣食住、ひろく産業の守護神としてあがめられています。 |
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外宮の大きな駐車場、収容台数も多く第一鳥居までも近い、このときは駐車台数も数えるほど、静かな参拝が出来そうだ。ま、内宮に比べれば参拝者は半分位の数だからこの時間なら少ないのが普通か? 撮影時間:5時31分 |
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第一鳥居前の表参道火除橋が見えてきた、内宮は右側通行が原則ですから外宮は左側を歩きます、火除橋とは防火の為に掘った溝川にかけ られているので、このように呼ばれています。 撮影時間:5時33分 |
御祭神:豊受大御神 |
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左手に手水舎が見えてきました。 |
『手水鉢』 まず、小損し一拍手をし作法にのっとり手水を行うと、身も心も清められたように感じます。 撮影時間:5時37分 |
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第一鳥居が見えてきました、いよいよ神域にと入って行きます。 |
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早朝の参道を歩くのは実に気持ちが良い。 |
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第二鳥居が見えてきました。小損して鳥居をくぐります。 |
『三ツ石』 神楽殿を過ぎて進んで行くと、石の周りが囲われており、縄が張られた場所があります。これが伊勢神宮外宮のパワーポット「三ツ石」です。正式には「川原祓所」と言うそうで、伊勢神宮の式年遷宮のときに神宮祭主や奉仕員を祓い清める場所だそうです。要は穢れを祓う場所なんですねぇ。 この「三ツ石」、手をかざすと温かい感じを受ける人が多いそうだ、僕も手をかざしてみたが残念ながら感じることは出来なかった、邪念が多いのかなー? 伊勢神宮外宮を参拝の際は、一度手をかざしてみよう。 撮影時間:5時48分 |
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『ご正宮』 |
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『神宮式年遷宮』 神宮式年遷宮とは、原則として20年ごとに、内宮・外宮の二つの正宮の正殿、14の別宮の全ての社殿を造り替えて神座を遷す。このとき、宝殿外幣殿、鳥居、御垣、御饌殿など計65棟の殿舎のほか、装束・神宝、宇治橋なども造り替えられる。記録によれば神宮式年遷宮は、飛鳥時代の天武天皇が定め、持統天皇の治世の690年(持統天皇4年)に第1回が行われた。その後、戦国時代の120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期などはあったものの、1993年(平成5年)の第61回式年遷宮まで、およそ1300年にわたって行われている。2005年から第62回式年遷宮の各行事が進行中で、2013年(平成25年10月2日に内宮、5日に外宮)に正遷宮(神体の渡御)が予定されている。 (Wikipediaより一部引用) |
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新しい板垣とシートで覆われた正殿が見える。 |
『亀石』 外宮の御正殿の斜め向かいにある「亀石」です。 多賀宮・土宮・風宮へ続く橋の上にある亀の甲羅の形に似た石です。 この橋を渡って、3つのお宮にも参拝してください。 |
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多賀宮への案内板 |
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多賀宮への長い階段。 |
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多賀宮への途中にも神木が。 |
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多賀宮も遷宮です。 |
『多賀宮』 外宮の別宮は多賀宮のほか境内に土宮と風宮、境外に月夜見宮があるが、多賀宮がもっとも古く、外宮の4別宮のうち、『止由気宮儀式帳』(804年)と『延喜式神名帳』に記載されているのは多賀宮のみである。祭神が外宮の祭神の豊受大御神の荒魂である豊受大御神荒魂であることから、4別宮の中で最高位とされる。(Wikipediaより引用) 撮影時間:6時12分 |
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『土宮』 外宮の別宮のひとつで、大土乃御祖神をお祀りしています。古くからこの地域・山田原の鎮守神として、祀られていましたが、外宮のご鎮座以後は、宮域の地主神となり、大治3(1128)年に別宮となりました。他の 社殿と違い、古来、この宮のみは社殿が東向きに建てられています。 |
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『風宮』 外宮の別宮のひとつで、内宮の別宮・風日祈宮とおなじく、風を司る神である級長津彦命、級長戸辺命をお祀りしています。古くから外宮域内に鎮座していましたが、元寇襲来に際して神風を起こして国を守ったご神威によって、正応6(1293)年に別宮に加わりました。風雨の順調を祈る農業に関わり深い宮であるとともに、明治以前は航海の守護神としても崇敬をあつめ、幕末には黒船を追い払う攘夷祈願も行われたということです。 撮影時間:6時17分 |
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左のイラストをクリックすると外宮の案内マップにリンクしています。 |